2021.8月 25

養老孟司氏と「持続可能な社会」を考える|対談イベント「世なおしするべ!」#1 開催レポート(前編)

ポケットマルシェ代表の高橋博之が、現代社会の抱える問題の本質に迫り、有識者の方々と熱く対談するイベント「世なおしするべ!」。問題への理解を深め、解決のための行動を参加者のみなさんと一緒に考える場として、2021年7月より開始しました。

 

第1回は解剖学者の養老孟司さんをお招きして、「持続可能な社会」について考えました。養老さんは、自然が排除された都市で頭ばかり使って働く人が多い現代社会を「脳化社会」と呼び、都市と地方で一定期間ずつ暮らす「逆参勤交代」を提言しています。そんな養老さんの「都市と地方」「人間と自然」に対する視点から見た「持続可能な社会」とはどのような社会であり、また、どのように目指していくことができるのでしょうか。

 

このブログでは、イベントの様子を前編・後編の2回にわたってご紹介します。前編では、高橋と養老さんの対談内容をまとめました。


万事を人に預けていくと、人生自体を人に預けてしまう

高橋:

コロナ禍で人々の価値観や生活に変化があったと思いますが、僕の場合は一日30,000歩歩くようになりました。時々裸足で会社に通勤することもあります。以前はふるさとの岩手と全国の農産漁村と東京とを行ったり来たりする生活をしていたのに、コロナで東京に閉じ込められたので、自然に触れられなくなったんですよね。どうしようかなと思った時に、養老先生が常々言っている「自らのうちなる自然の、自分の身体があるじゃないか」と。

 

裸足で歩いているとみんなジロジロ見てきます。たしかに人間の枠組みでみると裸足で歩いている僕はすごく変わっていますが、生き物の視点で見ると、靴を履いている生き物なんていないので、人間の方がマイノリティです。そういう目線を持とうとあえて自らに言い聞かせて歩いています。裸足だとものすごく注意深く歩きますし、どんどん血行が良くなってきて、自分の中にある生き物みたいなものが呼び覚まされていく感覚があります。

 

現代社会が行き詰まっている中で、養老先生は「死を思え。生きそびれるな」と現代人にずっとメッセージを送り続けてきましたが、このメッセージは僕にもずっしり刺さっています。脳化社会でなぜ人々は生きそびれているのでしょうか。

 

養老さん:

人に預けることが多くなりすぎたんじゃないでしょうか。靴だって、昔みたいに自分で作っているわけじゃないので、自分が履くものを人に預けている。万事を人に預けていくと、人生自体を人に預ける形になる。大きな組織に勤めていると、自分の役割分担はありますけど、全体が見えてない。全体は私と関わりがないっていう感じになる。

 

高橋:

都会にいると、自分が働いて得た給料で全部買ってるんだ、自分の力で生きているんだって顔をしている人も多いですが、「じゃああんたは札束とか電子マネー食って生きているんか」って話じゃないですか。僕らは稼いだお金を食べものと交換することで生かされているし、生産者も現金収入がないと子どもを育てられない。そういうお互いに生かし生かされている関係を可視化していきたいと思って、僕らは食べる通信やポケットマルシェという取り組みをこれまで続けてきました。

 

養老さん:

よくわかります。僕がよく言うのは、「自分のはじまりっていうのをせめて考える」ということです。0.2mmの受精卵が4、50年経つと5、60kgになる。だからはじめの重さは0みたいなもので、「残りの何十kgはどこからきたんですか」って聞くんです。それは食べたものから、要するに、田んぼや畑、海や川からきているわけです。でも、今の人はそういうものを環境と呼んでいる。環境の定義は自分を取り巻くもの。だから、環境という言葉を立てると自分が立ってしまって、自分は環境とは別のものだと思ってしまう。環境をなんとかしようというけど、物質的に考えてみても環境と自分はそのままつながるもの。だから「田んぼは将来のあんたでしょ」って言うんだけど、そう思っている若い人はいない。そういう連絡が頭の中で完全に切れてしまった。

 

高橋:

養老先生は「意識や言葉は、すべてを切る」とよくおっしゃっていますよね。例えば「生産者と消費者」という言葉も両者を切ってしまっている。だけど実態は切れていない。本来あるはずの関わりが見えなくなっているだけなので、それをちゃんと見えるようにしたいと僕らは思っています。

 

 

コロナの影響はもうしばらくすると見えてくる

高橋:

煮詰まっている現代社会をコロナ禍が襲いましたが、養老先生の目にはどう映っていますか。

 

養老さん:

私も神様じゃないから全体が見えるわけではないですが、もうしばらくすると見えてくるんじゃないでしょうか。

 

システムを作ると生身の人がどっかいっちゃうんですよね。例えば、AIのシステムの中では生身の人はノイズになる。つまり、統計情報になっていない部分は全部落とされます。私が生きてきた中でそれが最初に起こったのは病院ですね。生身の患者さんはいなくなっちゃった。顔も見ないで手も触らないで、医者はカルテやパソコンしか見ていない。患者も自分の体は検査結果の集まりだと考えている。血圧や血糖値、C高橋で見える画像が自分の体。じゃあ生身の人間は何かというと、ノイズですよ。システムに取り込めない部分は全部落としていきますから。だから皆さんはノイズの塊に変わっているわけです。

 

高橋:

「煮詰まった現代社会」のようなシステムの停滞を打破するには、システムからこぼれたところに身をおいて、システムに足りないものを相対化しないといけないということですよね。

 

養老さん:

いけないというわけではなく、何か問題を感じているのであれば、ということです。何も問題を感じないで満足しているのならそれでいいわけです。

 

もうしばらくすると、みなさんの違和感が、具体的にどの程度のものなのかがわかってくる。こういう状況で東京に出たり、地方に移住する人がいますよね。そういう人がどのくらいになるか。今の子どもは義務教育制度の中にかっちりはめこまれているでしょ。だから不登校が生じてくる。半分以上のこどもがシステムからこぼれおちたときに、システムそのものをひっくり返さないといけない、ということは誰でもわかる。コロナ禍でもそのうち、いろいろな形でいろいろな方向から問題が起こってくるでしょう。

 

自分が満足していれば、問題ない。自分が満足しているということを「自足」と言っていますけど、みなさんが自足できる状況にいるならば、人に文句は言わないでしょう。

 

高橋:

自足できない人たちがどれくらい増えていくかは、今後の推移を見守るしかないということですね。

 

今の10〜20代の若い人たちは、生存に必要な条件がほぼ満たされた空前の豊かさを謳歌する社会に生きていますが、唯一渇望しているものが生きるリアリティ、生きる実感なんですよね。それを求めて全国の農山漁村に飛び込んでいる。僕らの時代とは明らかに変化してきていると感じますが、こういう若い人が増えてきているのはいい兆しですよね?

 

養老さん:

だと思いますね。コロナ禍もそういう意味では役に立っている。「人生とは何か」「幸福とは何か」をみんなが考えざるをえない状況をつくりだしたんですから。

 

高橋:

僕らがコロナ禍で手にしたものは時間ですよね。「こういう生き方でいいのかな」とちょっと疑問を持っても、立ち止まらないとそういう問いに向き合えない。足を止めると負けてしまう経済社会の中では立ち止まれませんが、経済社会が止まったので我々も足を止めて、普段向き合わなくても済んでいた「何のために生きるのか」「幸せとは何か」という問いと向き合っている。そう捉えると、そんなに悪いことでもないですよね。

 

 

自足している人が多い社会は持続可能な社会

高橋:

養老先生は、人間が置き去りになってシステムを優先していく社会の中で、希望の萌芽を見出すとしたら「地域とコミュニティ」だと著書の中で書かれていましたよね。なぜ「地域とコミュニティ」なのでしょうか。

 

養老さん:

自分の力で生きていくことを、一番学びやすいんですよね。さっき自足と言いましたけど、自立と言い換えてもいい。それは人が元気になるのに一番大事なことで、自立している人は元気ですよね。自立というと経済的な自立をすごく考えるんだけど、それだけじゃなくて、「どういうふうに生きるか」「自分が何をするか」について自分で考えるっていうことですね。自分で考えてやっていれば、自分で責任を取らざるを得ませんから、大人になっていくんですよね。若い人を見ていて感じるのは、責任を持たせてやればどんどん育つということです。まわりが親切に保護してやると育ちません。

 

高橋:

手入れしすぎたらだめ、管理しすぎたらだめだっていうことですね。

 

養老さん:

だめです。非常に印象的だったのが、オリーブオイルをヨーロッパから輸入している会社の人が、「古いオリーブ畑だと樹齢400年でもまだオリーブの実が採れる。でも最近できたオリーブ畑だと100年が限度だ」と。最近のオリーブ畑は十分に若木に肥料をやって育てるから根が伸びないそうです。

 

高橋:

今の話でいうと、自立、自足している人が多い社会は持続可能だってことになるんですかね。

 

養老さん:

そうだと思いますね。いつも言うんだけど、人の10倍食べることはできませんよね。いくら食べることが好きでも。欲には限度があるはずで、仏教でも「欲を知れ」って。そういうことをみんなが普通に考えたら、何の問題もない。なんで人の100倍も1000倍も稼がなきゃいけないのか。

 

高橋:

それって不自然だと思うんですけど、不自然が自然になってしまっている。その不自然さを感じる一番いい方法は、自然の中にいる機会を増やすってことですかね。

 

養老さん:

それもあります。そういうところにいる人たちがハッピーだ、っていうことです。

 

僕の好きな小話に、会社に一生懸命勤めて休暇で南の島にいったおっさんの話がある。浜辺でハンモックに寝そべっていると、島の若い人がうろうろしてるので、「ちゃんと働け」って説教する。「働いたらどうなるか」と聞かれて「働くと俺みたいにお金が儲かって、そのうち休暇をとってこういうところに来られるようになる」と言うと、その若い人が「いや、はじめからここにいるよ」って(笑)

 

 

まずはなんでもやってみる

高橋:

最後に「参勤交代」の話で、養老先生は二居住制を認めたらいいんだとおっしゃっていましたが、この話をすると「贅沢だ」「金持ちの議論だ」って言われるんですよね。

 

養老さん:

僕も言われましたよ。贅沢で言ってるんじゃないんですけどね。なんでそれが贅沢だと思うのかが不思議なんですよね。どちらの家も所有してどっちも自分の財産にすることだって思っているんでしょうね。

 

高橋:

「参勤交代」が贅沢じゃないことの理屈として、巨大地震の発生確率が上がっていることがあると思います。ふるさとがある人は避難すればいいですが、最近は首都圏生まれの首都圏育ちで帰省先がない人が非常に増えていますよね。

 

養老さん:

地域でそういう人を歓迎しているでしょ。なかなか難しい面があるのはわかっているけど、そのくらいやってみるべきじゃないでしょうかね。

 

高橋:

問題はそれをどう促していくか。僕らポケットマルシェの場合は、自分の食べるものをつくっている人と双方向につながって、コミュニケーションが生まれて、地方の生産現場を訪れることが始まっています。そこを入り口に、ふるさとを見つけて欲しいなと思っています。

 

ただ、急がないとまずいなと感じています。「そういうのはいきなりばっとやって変わるもんじゃないから時間が必要」と養老先生はお話しされてましたが、何か制度というか手立てはないんでしょうか?

 

養老さん:

そういうことはあんまり考えたことがないですね。私はなんでもやってみろっていう立場ですから。やってみると意外に気に入る人もいるんじゃないでしょうか。みんなやってみないんですよ、最初のきっかけがないと。

 

だからコロナ禍がいいきっかけにならないかなと。コロナ禍のような自然現象がきっかけになるほうがいいんですよね。現代社会はずっと人の頭で考えてつくられてきたわけですから、そこにある課題の解決まで頭で考えると、どっかでたぶん同じ穴に落ちる。そうじゃなくて、動けば体感するものが違うから、考え方も自分も変わってくる。そのうえでまた考える。結局一番大事なのはみなさんが自足すること、「自分の人生これでいいんだ」っていう範囲を自分で知ることですね。

 

高橋:

自分のやれることをやり、自分の生活に必要なものをつくっている人とつながり、自分の見える範囲の中におさめる。そういう人が増えれば、人間の思考が変わり、考えつく制度も変わってくる。今の人たちがいくら考えても、同じ穴に落ちるっていうことですね。

 

養老さん:

環境が変わって、感覚から入ってくるものが変わると、人はどうしても変わらざるを得ない。ひとりでに変わっちゃうんですよ。

 

高橋:

変えるんじゃなくて変わるってことですね。

 

養老さん:

そうです。そうじゃないとどっかに無理が出てしまう。号令かけてやったんじゃだめ。必ず文句が出る。

 

高橋:

今がそうですよね。じゃあ、いかにきっかけを得た人がやってみるか。まず「やってみなはれ」のきっかけをどれだけつくれるか、ってことですね。

 

・・・

 

さて、今回の対談は「持続可能な社会」をテーマにお送りしましたが、皆さんの中で考えは深まったでしょうか。

 

後編では、質疑応答の内容をまとめています。

 

養老孟司氏と「持続可能な社会」を考える|対談イベント「世なおしするべ!」#1 開催レポート(後編)

 

対談の様子は、ポケットマルシェ公式YouTubeにて動画(フル版&ダイジェスト版)でも公開しています。ブログに書ききれなかった話もありますので、ぜひご覧ください。

 

 

ポケットマルシェでは、「持続可能な社会」の実現が叫ばれる今、当社の考える「ありたい社会」とそこにいたる道筋について詳述する「サステナビリティページ」を、コーポレートサイト上で公開しました。養老さんのお話とも重なり合う部分があると思いますので、こちらもぜひ一度ご覧ください。

 

SUSTAINABILITY

 

対談イベント「世なおしするべ!」は今後、毎月異なるテーマでさまざまなゲストをお呼びして開催予定です。次回は予防医学者の石川善樹さんをお招きして、「ウェルビーイング」をテーマに対談します。詳細・お申し込みはこちらから。

http://ptix.at/pm5l9l

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